Kurage 名言トラッカー|場面
うまくいかなかったとき、自分を責めすぎないための言葉です。
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。坂口安吾『堕落論』 1946年
己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。中島敦『山月記』 1942年
たたえられるべきは、批評する人ではない。強い人がどこでつまずいたか、もっとうまくできたはずだと指さす人でもない。称賛は、実際に闘技場に立ち、顔をほこりと汗と血で汚しながら、勇敢に努める人のものだ。セオドア・ルーズベルト『演説「共和国における市民」』 1910年4月23日(パリ)
失敗のうちで最大のものは、失敗を何一つ自覚しないことトーマス・カーライル『英語版 Wikiquote に出典つきで掲載』
あなたのできることをしなさい。 あなたのもっているものを使って、 あなたのいるところでセオドア・ルーズベルト『英語版 Wikiquote に出典つきで掲載』
人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称し難い。しかし兎に角一部を成している。芥川龍之介『侏儒の言葉』 1923〜1927年
頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴なうからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。寺田寅彦『科学者とあたま』 1933年
頭の悪い人足ののろい人がずっとあとからおくれて来てわけもなくそのだいじな宝物を拾って行く場合がある。寺田寅彦『科学者とあたま』 1933年
人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。坂口安吾『堕落論』 1946年
努力は功の有と無とによつて、之を敢てすべきや否やを判ずべきでは無い。幸田露伴『努力論』 1912年
成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するやうになつて以來、人間は眞の幸福が何であるかを理解し得なくなつた。三木清『人生論ノート』 1941年
過ちを改るに、自ら過つたとさへ思ひ付かば、夫れにて善し、其事をば棄て顧みず、直に一歩踏出す可し。過を悔しく思ひ、取繕はんと心配するは、譬へば茶碗を割り、其缺けを集め合せ見るも同にて、詮もなきこと也。西郷隆盛『南洲翁遺訓 二七』 1890年刊
茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。岡倉天心『茶の本』 1906年(英文で出版)
確かに自分を責めるという事ほど有力に自分の欠陥を補えることはなく、自分の欠陥を補うことほど自分に成功者の資格を得させることの無いのは明らかである。幸田露伴『努力論(現代訳)「運命と人力と」』 1912年
一つの過失についての後悔は一度で十分である。もしその後悔が、決してわれわれに同一の過失をくりかえさせないほどの力をもったものでさえあれば。下村湖人『青年の思索のために「心窓去来」』 1955年
何もしない人に過失はない。しかし何もしないことほど大きな過失が人生にあろうとは思えない。下村湖人『青年の思索のために「心窓去来」』 1955年
過って改めないのを、過ちというのだ。孔子『論語 衛霊公篇(下村湖人『現代訳論語』)』
幸せの扉がひとつ閉じると、別の扉が開きます。けれど、わたしたちは閉じた扉ばかりを長く見つめて、自分のために開かれた扉に気づかないことが多いのです。ヘレン・ケラー『著書『We Bereaved』』 1929年
先を見通して点と点をつなぐことはできません。振り返ってつなぐことしかできない。だから、点はいつか将来どこかでつながると信じるしかないのです。スティーブ・ジョブズ『スタンフォード大学の卒業式でのスピーチ』 2005年6月12日
挑戦してみて気持ちも体も気力も全部出しきった。挑戦して悔いはないです浅田真央『現役引退の記者会見』 2017年4月12日