Kurage 名言トラッカー|学ぶとき・教えるとき・挑戦するとき
頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。
寺田寅彦(物理学者・随筆家(1878〜1935)) 科学者とあたま・1933年
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見ただけで分かった気にならず、自分で登ってみよう、という言葉です。
人間の價値は何かやつて見ないとどの位あるか分らない。君どうぞ勉強してやつてくれ玉へ。夏目漱石『鈴木三重吉宛書簡』 1906年(明治39年)
永久の未完成これ完成である宮沢賢治『農民芸術概論綱要』 1926年
憤の一字、是れ進學の機關なり。舜何人ぞや、予何人ぞや、方に是れ憤。佐藤一斎『言志四録(西郷隆盛『南洲手抄言志録』)』
あくまでも、はかりは自分の中にある。それで自分なりにはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと越えていくということを繰り返していく。イチロー『現役引退の記者会見』 2019年3月21日
されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。福沢諭吉『学問のすゝめ 初編』 1872年
肌の色や生い立ちや宗教のちがいで、人を憎むように生まれてくる人はいない。人は憎むことを学ぶのだ。憎むことを学べるのなら、愛することも教えられるはずだ。愛のほうが、人の心にはずっと自然なのだから。ネルソン・マンデラ『自伝『自由への長い道』』 1995年
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