Kurage 名言トラッカー|挑戦するとき・仕事に疲れたとき・学ぶとき・教えるとき
永久の未完成これ完成である
宮沢賢治(詩人・童話作家(1896〜1933)) 農民芸術概論綱要・1926年
Kurage 名言トラッカー › 挑戦するとき・仕事に疲れたとき・学ぶとき・教えるとき
綱要の結びに近い一行です。終わりのない取り組みを続けていること、そのものが完成だ、という言葉です。
あくまでも、はかりは自分の中にある。それで自分なりにはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと越えていくということを繰り返していく。イチロー『現役引退の記者会見』 2019年3月21日
努力して居る、若くは努力せんとして居る、といふことを忘れて居て、そして我が爲せることがおのづからなる努力であつて欲しい。幸田露伴『努力論』 1912年
頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。寺田寅彦『科学者とあたま』 1933年
人間の價値は何かやつて見ないとどの位あるか分らない。君どうぞ勉強してやつてくれ玉へ。夏目漱石『鈴木三重吉宛書簡』 1906年(明治39年)
憤の一字、是れ進學の機關なり。舜何人ぞや、予何人ぞや、方に是れ憤。佐藤一斎『言志四録(西郷隆盛『南洲手抄言志録』)』
情熱はやればやるほど増してくる。年を重ねて情熱は増していると思っています三浦知良『J3福島への加入会見』 2026年1月9日
Kurage 名言トラッカーは、出典の本文と照らし合わせて確かめた言葉だけを載せています。名言のサイトで有名でも、本人の記録が見つからない言葉は載せていません。外国語の言葉の訳は当社によるものです。