名古屋でAIシステムの開発をしている小嶋です。
2026年11月2日、GMOインターネットグループの熊谷正寿代表が、子会社の「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスについて会見を開きました。X では、熊谷氏を批判する人に向けて、「彼がどれだけの税金を納め、どれだけの雇用を生み、どれだけの責任をとって補填しているのか分かっているのか」「彼のような天才的な起業家がいるから、みんなが生きていける」という擁護の投稿が広く読まれています。
この賞賛には、違和感があります。この記事では、その理由を4つに分けて書きます。熊谷氏の人柄の話ではなく、「何をもって賞賛するのか」という理屈の話です。
1. GMOの事業は、どれも先に始めた会社があった分野です
GMOインターネットグループの主な事業を並べてみます。
- ドメインの登録(お名前.com)とレンタルサーバー
- ネットの決済代行
- FX・ネット証券(GMOクリック証券)
- ネット銀行(GMOあおぞらネット銀行)
- 電子契約(GMOサイン)
- SSL証明書(GlobalSign。もとは海外の会社で、GMOが買い取ったもの)
どれも、GMOが始めたときには、すでに同じことをしている会社がありました。GMOが強くなったのは、値段を下げ、会社を買い、規模を大きくしたからです。熊谷氏がいなくても、これらのサービスは他社が提供していました。
世の中の土台を新しく作った発明と並べると、違いがはっきりします。
- Linux:リーナス・トーバルズが1991年に公開し、誰でも無料で使えるようにしました。いまでは世界のサーバーやスマートフォン(Android)の土台です
- WWW(いまのインターネットの見える部分):ティム・バーナーズ=リーが CERN(欧州原子核研究機構)で作り、1993年に、誰でも使用料なしで使えるように公開されました
- iPhone:スマートフォンという使い方そのものを変えました
GMOの事業に、これらに並ぶ新しさはありません。
2. 雇用と納税は、GMOがなくても生まれていました
「何千人もの雇用を生み、多額の税金を納めている」というのは、擁護でいちばんよく使われる理由です。ですが、雇用と納税の総額は、GMOがあったから増えた分ではありません。
- 日本は人手不足です。2026年9月の完全失業率は2.4%、有効求人倍率は1.19倍でした(大和総研のレポートによる)
- GMOグループで働く約8,000人の多くは、GMOがなくても、ほかの会社で働いていたはずです。給料が出れば所得税と社会保険料が生まれ、その会社が稼げば法人税も生まれます
- ドメインもサーバーも決済もFXも、他社が同じことをしていました。GMOの売上と税金は、GMOがなければ他社の売上と税金になっていました
GMOのおかげで生まれたと言えるのは、「GMOでなければ生まれなかった分」だけです。それを探しても、見当たりません。
同じ批判は、工場の誘致や補助金の議論でもよく出ます。「◯千人の雇用を生む」と言っても、人手不足のときは、ほかの会社から人が移るだけで、地域全体の雇用はほとんど増えない、というものです。雇用と納税の額が大きいことは、それだけでは社会に何かを足したことの証明になりません。
3. M&Aで広げる手腕を評価するのは、株式市場の仕組みです
GMOグループの売上は約2,856億円(2025年12月期)です。会社を買い、市場の取り分を増やし、売上を伸ばしてきた手腕は、株主にとっては価値があります。
ただ、それを評価しているのは、資本主義と株式市場の仕組みです。株価や時価総額が測っているのは「どれだけ稼ぎ、どれだけ取り込んだか」で、「社会に何が新しくできるようになったか」ではありません。他社でもできたことを、他社より大きくやった会社は、市場では高く評価されます。ですが、社会に足したものは、取り分が移った分のほかには、ほとんどありません。
反対に、社会への価値がいちばん大きかったものほど、市場では報われていません。Linux と WWW を作った人は、それを無料で世界に配りました。いまのインターネットとサーバーは、その上に乗っています。それでも作った本人たちは、大きな会社の創業者のような富を得ていません。
「経営者として株主に価値を出した」なら、正確な評価です。「天才的な起業家」「彼がいるからみんなが生きていける」は、社会への新しさで言えば、言い過ぎです。
4. 補償は「してくれる」ものではなく、責任です
今回の件で、GMOインターネットの発表から分かっていることは次のとおりです。
- FXの自動売買に使うVPS(仮想のサーバー)「お名前.com デスクトップクラウド」が不正アクセスを受け、影響を受けた可能性のあるサーバーは26,739台
- サーバーに保存されていた取引口座のログイン情報が使われ、国内外の70を超える証券会社・FX会社の口座で、身に覚えのない取引が報告された
- 攻撃者とみられる者から金銭を要求され、応じなければ情報を公開すると脅されている
- 利用者全員に、被害の有無にかかわらず見舞金5,000円を払い、不正取引で出た損失は補償する
熊谷氏本人も、10月25日のブログで、社内のホワイトハッカーからセキュリティの課題を指摘されていたのに、対応の深さと速さが足りず、攻撃者にそのすきを突かれたと認めています(J-CASTニュースの報道による)。
利用者のサーバーと口座の情報を預かる会社が、それを守れなかったのです。見舞金と補償は、熊谷氏が「責任をとって補填してくれている」恩恵ではありません。預かったものを守れなかった会社が果たす責任です。
「悪意があったわけではない」というのも、そのとおりだと思います。ですが、指摘された課題を後回しにした判断は、悪意がなくても問われます。事故のあとに会社の経営を批判するのは、正当なことです。もちろん、熊谷氏個人へのひどい言葉は、批判とは別のものです。
賞賛と批判を分けて考える
まとめると、次のようになります。
- 熊谷氏の実績は、新しいものを作ったことではなく、他社もしていた事業を、安く・大きく・長く広げたこと
- 雇用と納税の総額は、GMOがなくても、ほかの会社で生まれていた
- M&Aで大きくする手腕は、株式市場では評価されるが、社会への発明とは別物
- 補償は恩恵ではなく責任で、事故の批判を封じる理由にはならない
経営者としての手腕を評価する人がいるのは自然です。ただ、「税金と雇用を見ろ、だから叩くな」という理屈は成り立ちません。
国会で、サイバー攻撃とその後の身代金(金銭)の要求がどう議論されてきたかは、当社の「ランサムウェアと身代金・サイバー犯罪の捜査」(Kurage 国会トラッカー)にまとめています。
指摘された課題を、後回しにしないために
今回の件でいちばん重いのは、課題が社内で指摘されていたのに、手当てが間に合わなかったことです。大きな会社でもこうなるので、専門の担当者がいない中小企業では、なおさら起きやすいことです。
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よくある質問
GMOの事業には新しさがあるのですか?
いいえ、ドメイン登録やネット銀行などは既に他社が存在する分野です。値段を下げ、会社を買い、規模を大きくすることで強くなりました。
雇用と納税はGMOのおかげで生まれたものですか?
必ずしもそうではありません。人手不足の状況では、他の会社から人が移るだけであり、GMOがなければ他社の売上や税金になっていた可能性があります。
今回の補償は熊谷氏の恩恵なのですか?
いいえ、預かった情報を守れなかった会社が果たす責任です。指摘された課題への対応が遅れたことに対する責任であり、批判を封じる理由にはなりません。
